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「それらを中国文化といっても、…」错在哪儿?

2012-08-15日本关西学院大学

东北亚外语研究 2012年5期

日本关西学院大学 于 康

标题日语的全句是「今では全然通じない言葉になっているのに、どうして私たちはそれを必死に暗記し、必ず身に付けることを要求されるのでしょうか。それらを中国文化といっても、5000年余りの歴史を持つ中国ではただ氷山の一角のようなものであって、文化の宝物と言えるのでしょうか。」,尽管这个句子中的日语还有很多问题,但是,最大的问题是出在划线的部分「それらを」上。这里不应该用「それらを」,而必须说成「それらは」。

中国的学生在学习日语时,「が」和「は」的实用区别是学习上的难点之一,所以,教师和学生都把重点放在「が」和「は」的理解和掌握上。但是,实际上,对于中国的学生来讲,如何正确区分和使用「を」和「は」,其难度不亚于如何正确区分和使用「が」和「は」。

归纳该用「は」的地方却错用了「を」的偏误例句,主要有两个类型,一个是A类偏误,一个是B类偏误。A类偏误指的是动词搭配的错误,如例句(1)和(2)。

(1)×子供たちが、昼、みんな外で働いて、介護する時間がない。老人たちを家に残る。/→老人は家に残る。

(2)×いつも側にいてくれた過去をだんだん消えてしまった。/→過去はだんだん消えてしまった。

例句(1)中的「残る」和例句(2)中的「消える」在日语中都被称作自动词,除了一部分自动词比如「橋を渡る/过桥」「家を出る/出门」等可以要求表路径义或起点义的「NPを」共现外,通常自动词是不能要求「NPを」共现表受事的。这个类型的偏误属于语法知识的基础问题,是很容易克服的。

B类偏误指的是话语表述的错误,即宾语与话题选择的错误,比如,

(3)×各方面の改革は必要で、それに個人の努力も不可欠なのだ。確かに、一冊の本を大きくいえば、国家の文明に至る。小さく言えば、個人に対する影響だ。/→確かに、一冊の本は大きくいえば、国家の文明に至る。小さく言えば、個人に対する影響だ。

(4)×地震、津波、大雪、ハリケーン、火山噴火、これらの大災害の全てを事前に防ぐことができません。だから、できるだけ被害を最小限に留めることが一番重要なことだと思います。/→地震、津波、大雪、ハリケーン、火山噴火、これらの大災害の全ては事前に防ぐことができません。

这个类型的偏误不属于语法上的错误。如果不考虑语境,就单句的成句条件来说,上述类型的句子大多数是符合语法规则的。……

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