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太平洋戦争下の日本語

2015-08-15段克勤

科技视界 2015年23期
关键词:教育

邱 晨 段克勤

(北京林业大学,中国 北京 100083)

1 日本語の近代化

日本語の近代化がいつ始まったかについては、研究者によって見解が異なるが、本格的な近代化は、やはり明治期以降と見るべきであろう。それを促したのは、欧米文化との接触ということができる。欧米の文化に触れることによって、人々は日本語について考え、日本語がいかにあるべきかについて模索した。その具体的な現れが、言文一致運動や国字問題や外来語などについてのさまざまの提案である。

1.1 外来語

十六世紀ごろは全世界の大航海時代における 「冒険の時代」から「征服の時代」へと移行した時だ。欧米の言葉が日本にはいってきたのはその時のポルトガル語やスペイン語が最初であるが、その後オランダ語も入ってきた。明治期になると英語が多くなり、フランス語やドイツ語も取り入れられた。その結果、江戸期で使われていた外来語がすたれ、新しい外来語と交替するものも交替した。例えば、ドンタクに代わってサンデーが使われるようになり、バッテラはボートと交替した。もっとも早く普及したのが、ヘボン式の綴りである。ヘボン式と呼ばれているが、この綴り方を考案したのはヘボンではなく、羅馬字会で考えた方式を、ヘボンが「和英林集成」の第三版(明治十九年)で採用したことから、ヘボン式と呼ばれるようになったのである。この綴り方は、のちに改訂されて、標準式と名付けられた。一方、田中舘愛橘は五十音図を基に、日本式と呼ばれるローマ字綴りを考案した。この綴り方は、日本人には使いやすいが、実際の発音と離れる場合があって外国人には分かりにくいという難点があった。そこで、この二つの綴り方を折衷するものとして、昭和十二年に内閣訓令で訓令式と呼ばれるローマ字の綴り方が告示された。具体的に言えば、ローマ字は、戦後になって小学校の教育に取り入れられることになった。初めは訓令式、日本式、標準式のいずれによて教育しても良いとされていたが、後に単一化が図られ、昭和二十九年「ローマ字のつづり方」が告示された。

1.2 共通語

この時代の共通語もすでに今日の共通語の母胎と思われるものが、存在していたと考えられる。共通語の基になったものとしては、大勢の人を前にして話す時の言葉と改まった席での対話が考えられる。

1.3 教科書

西邨貞が書いた「幼学読本」は他の教科書に多く見られる「デアリマス」を代わりに、「デス」が使われており、「ダ」で終止する例もかなり見られる。対話の例だけではなく、説明の場合も談話体から口話体へと移りつつあることを示していると言える。教科書はやがて明治三十七年から国定教科書となるが、第一回の国定読本ははっかりと、標準語による口語文が出来上がった。

1.4 国字問題

日本語をどのように表記すべきかは、明治期以降の大きな問題となった。その発端が、前島密の「漢字御廃止之儀」とよばれる建白書である。その中で、前島が人々が学問をする上で妨げになる漢字を廃止して仮名を用いるべきだと提出した。

漢字の習得が教育における障害となるとして、それを如何に解決すべきかについては、大きく二つの方向がある。一つは、漢字を全て廃止してしまおうというものである。もう一つは、漢字の数をできるだけ制限して、漢字を習得するための負担を少なくしようとするものである。現在は、後者のやり方がとられているわけである。……

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